「大日本ドケチ教」をご存知ですか?

 お盆休みも今日で終わりですね。レジャーに家族サービスにと忙しく過ごされた方も多いと思います。不安定な天候が続く中、疲れもたまり大変でしょうが体調には気をつけてお過ごしください。

 

 さて、突然ですが、私は信仰にはまったく関心がありません。したがって仏教徒でもキリスト教徒でもありません。

 そんな私が唯一共感を覚えたのが「大日本ドケチ教」です。本日、その教祖である吉本晴彦氏が、老衰のため亡くなられていたことを知りました。


 この「大日本ドケチ教」、宗教は宗教でも神様、仏様を信仰するわけではありません。名のとおりお金の使い方に関する"宗教"なのです。なんといっても教義が「もったいない、もったいない、もったいない」、この一言(三言?)のみです。いたってシンプルでもものすごく強力ですよね。

 

 私がお金に関する考え方を確立できたは、この大日本ドケチ教のおかげです。社会人になってまだ間もないころだったと思います。ユニークなネーミングとお金に関する考え方に興味を持ち、吉本氏の著書を読んだことがきっかけでした。

 もしこの本に出会っていなければ、きっと社会人最初のボーナスで車を買い、結婚したらマンションを購入し、子供が生まれたらたくさんの保険に入って、ローンと教育費に苦しみながら、コツコツとはたらき定年を心待ちにする"ごく普通"のサラリーマン生活を過ごしていたことでしょう。

 

 私の人生に大きな影響を与えた吉本氏、大日本ドケチ教について少しご紹介したいと思います。なお、その本は手元には残っていませんし、20年以上前の記憶なので少し正確な部分もあるかもしれませんがご容赦ください。

 

 私が一番共感したのは「ケチとシブチンは違う」という言葉です。ケチとは、無駄な金は使わない人で、シブチン(大阪弁?)とは、とにかくお金は使わない守銭奴のことだと吉本氏は強調していました。

 ケチのケは経済のケでチは知恵のチであり、無駄な金(死に金)は使わないが必要なお金(生き金)は惜しみなく使う人だと断言されています。つまりケチはお金の主人であり、シブチンはお金の奴隷だということだと言っているのだと私は理解しました。

 

 そしてチケになるためには「3欠く主義」に徹するということが必要なのだそうです。「3欠く」とは「見栄欠く」「義理欠く」「情欠く」ということです。

 つまらぬ見栄を張るために無駄なお金を使うこと、いらぬ義理のためにしぶしぶお金を使うこと、相手のためにならないのに変な情けをかけてお金を使うこと、この3つを止めろと説いています。このようなお金の使い方は無駄以外の何物でもなく、死に金の典型であり、いつまでたってもお金の苦労がなくならないということです。

 

 つまり、他人の目を気にすることをやめ、世間並みでないと恥ずかしいという気持ちを捨てて、自分に必要なことにだけお金を使うことが大切なことだということですね。時には他人からいろいろ言われるかもしれませんが、自分の信念を貫くことが大切だと教えられました。

 私は正式な信者ではありませんが、これからも教義を忘れずに暮らしていこうと思います。

 

 吉本氏、いや教祖さまのご冥福をお祈りいたします。